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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)9676号 判決 1963年11月27日

原告 鶴田確郎

被告 小林昭春 外六名

主文

被告小林昭春は原告に対し、別紙目録<省略>(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和三一年九月六日以降右明渡済みまで月一二、四八五円の割合による金員を支払え。

被告小林昭春を除くその余の被告等は、原告に対し同目録(二)記載の建物のうち同目録(三)記載の各占有部分から退去してその敷地部分を明渡せ。

原告の被告小林昭春に対するその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「(一)被告小林昭春は原告に対し、別紙目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、三九三、二七〇円および昭和三一年七月一日以降右明渡済みまで月一六、八三三円の割合による金員を支払え。(二)被告小林昭春を除くその余の被告等は、同目録(二)記載の建物のうち同目録(三)記載の各占有部分から退去してその敷地部分を明渡せ。(三)訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決および第二項について仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

「一、別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という)はもと原告の先々代鶴田米太郎の所有であつたが、同人は大正一三年九月一日被告小林昭春の先代小林政吉に対し、本件土地を木造建物所有の目的で賃貸した。

原告の先代鶴田菊太郎は昭和八年先々代米太郎の隠居により家督相続し、原告は昭和二二年三月先代菊太郎の隠居により家督相続し、それぞれ順次本件土地の所有権および賃貸人の地位を承継した。被告昭春は昭和一七年二月二八日先代政吉の死亡により家督相続し、本件土地の賃借権を承継した。

二、本件土地は戦災後空地となつていたが、被告昭春は昭和二八年九月頃本件土地の上に被告小林恵江の名義でブロツク造モルタル塗の建物の建築に着手し、昭和二九年七月別紙目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を完成し、同年一一月一日本件建物につき被告恵江名義で所有権保存登記手続をしたうえ、同日被告昭春名義に所有権移転登記手続をした。

三、本件土地の賃貸借は木造建物の所有を目的とするものであり、かりにそうでないとしても、建物の種類構造について定めがないのであるから、堅固な建物以外の建物(以下非堅固建物という)の所有を目的とするものとみなされるものである。しかるに、本件建物はブロツク造モルタル塗の建物であつて、堅固な建物に該当するから、被告昭春が本件建物を建築所有することは、本件賃貸借契約上の用方義務に違背するものである。

そこで原告は昭和三一年八月八日被告昭春に到達した書面で、同人に対し同書面到達後四週間以内に本件建物を木造建物に改造するよう催告し、かつ、これに応じないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。しかし、被告昭春はこれに応じなかつたので、本件賃貸借は同年九月五日の経過とともに終了した。

四、被告昭春を除くその余の被告等は、それぞれ別紙目録(三)記載のとおり本件建物の一部を占有使用することによりその敷地部分を占有している。

五、本件土地の賃料は原被告間で昭和二九年四月一日以降は月一二、四八五円、昭和三〇年四月一日以降は月一六、二三〇円、昭和三一年七月一日以降は月一六、八三三円と順次改定された。

六、そこで原告は被告昭春に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求めるとともに、昭和二九年四月一日以降本件賃貸借契約終了の日までは賃料として、その翌日から本件土地明渡済みまでは賃料相当の損害賠償として前項記載の額により計算した請求の趣旨第一項掲記の金員の支払を求め、又、被告昭春を除くその余の被告等に対し、それぞれ本件建物の占有部分から退去してその敷地部分を明渡すことを求める。」

と述べ、なお、被告等の抗弁に対し、「第一項中、原告の先々代米太郎が昭和二八年八月三一日被告昭春に対し本件建物の建築について承認を与えたとの事実は否認する。原告の先々代米太郎は当時既に死亡していたし、本件土地は当時訴外三井信託銀行に信託されており、同銀行の管理下にあつたが、同銀行は昭和二九年九月一〇日頃被告昭春に到達した書面で本件建物の建築について異議を述べている。第二項中、本件土地が賃貸借契約後防火地域に指定され、ためにそれ以後本件土地上に建造すべき建築物について被告等主張のような制限が加えられるに至つたことは認める。その余の主張は争う。第三項記載の事実は認める。」と述べた。

証拠<省略>

被告等訴訟代理人は、「原告の各請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因事実に対し、「第一項および第二項記載の事実は認める。第三項記載の事実中、原告主張の日にその主張の意思表示が被告昭春に到達したことは認めるが、本件賃貸借契約の目的が木造建物の所有に限定されていたことおよび本件建物が堅固な建物であることはいずれも否認する。すなわち、建物の種類構造については何も定めがなかつたものであり、又、本件建物は簡易耐火建築物であつて、その建築資材、堅牢性、耐久力等の諸点からみて、借地法にいわゆる堅固な建物に該当しない。

従つて、同被告に原告主張のような用方義務違背はない。

第四項記載の事実は認める。しかし、被告恵江は被告昭春の妹、被告小林まさは被告昭春の母であつて、いずれも被告昭春の家族として本件建物に居住しているのであるから、本件建物を独立に占有しているものではない。第五項中、本件土地の賃料が昭和二九年四月一日以降月一二、四八五円と定められたことは認める。その余の事実は否認する。」と答え、なお、抗弁として、

「一、本件建物は被告昭春が住宅金融公庫から被告恵江名義で貸付を受け、被告恵江名義で建築許可を受けて完成したものであるが、原告先々代米太郎は被告昭春が本件建物を建築中であつた昭和二八年八月三一日被告昭春に対し本件のようなブロツク造の建物を建築することを承認したものである。

二、かりにそうでないとしても、本件土地は賃貸借契約後建築基準法にいわゆる防火地域に指定され、ためにそれ以後本件土地の上に築造する建築物は耐火建築物又は簡易耐火建築物でなければならなくなつた。このように賃貸借契約後の法令の改定により、建物の種類構造に制限が加えられるに至つたときは、以後右賃貸借はその法令が許容する種類構造の建物の所有を目的とする賃貸借に変更されたものと解すべきである。そこで、本件賃貸借契約が原告主張のとおり木造建物所有の目的であるとしても、あるいは又本件建物が原告主張のとおり借地法にいわゆる堅固な建物に該当するとしても、右は簡易耐火建築であつて、法令の許容する最低限度の建物であるから、被告昭春が本件建物を建築し所有することは本件賃貸借契約の目的の範囲内に属することになり、原告主張のような用方違背になるものではない。かりに右の主張が理由なく、本件建物の建築が用方違背になるとしても、右のような法令の下においては、右用方違背はやむをえないものであるから、これを理由に賃貸借契約を解除することはできない。

三、被告昭春は原告に対し、昭和二九年四月分の賃料一二、四八五円を現実に提供したが受領を拒絶されたので、以後本件口頭弁論終結時(昭和三八年九月四日)まで、毎月一二、四八五円の賃料を原告のために東京法務局に弁済供託している。」

と述べ、なお、抗弁に対する原告の答弁に対し、「昭和二八年八月三一日当時本件建物が訴外三井信託銀行に信託されていたことは認める。」と答えた。

証拠<省略>

理由

請求原因第一、二項記載の事実は当事者間に争がない。

原告は本件賃貸借契約は木造建物の所有を目的とするものであると主張するけれども、本件全証拠によつても右賃貸借の当事者が建物の種類を木造に限定する旨の合意をしたことは認められないから、右賃貸借は非堅固建物の所有を目的とするものとみなされる。

そこで本件建物の種類構造について検討するに、本件建物がブロツク造モルタル塗二階建店舗兼居宅建坪一四坪二階一四坪であることは当事者間に争がなく、又鑑定人木村蔵司の鑑定の結果および検証の結果によれば、本件建物の壁はラツキーブロツクB種という厚さ一八センチメートルのブロツクを組積し、その上をモルタルで塗装したもので、屋根は鉄筋コンクリート、二階床および階段は木造となつていることが認められる。

そこで、本件建物が借地法にいわゆる堅固な建物に該当するかどうかについて判断する。建物が堅固であるかどうかは、建物が物理的外力(地震、風雪、積載荷重、自重等が建物を物理的に侵害する力)、化学的外力(空気中の酸やガス、雨水、土中の酸類等が建物を化学的に侵害する力)、又は火災に対してどの程度の抵抗力を発揮するか、あるいは建物の解体除去の難易度等種々の観点から検討され得るが、本件建物が借地法にいわゆる堅固な建物に該当するかどうかは、右のような各観点からみて、一般的にブロツク造の建物が同法第二条第一項に堅固な建物として例示されている石造、土造又はレンガ造の建物に類似するものであるかどうかによつて決定すべきである。

建物は、その種類構造によつてそれぞれ異なつた特性を有するものであるばかりでなく、建築資材の良否、建築技術の差あるいは建築後の維持管理状態の良否によつても堅固の程度を異にするものであるが、鑑定人木村蔵司の鑑定の結果によれば、

一般的にいつて、ブロツク造の建物は石造、土造又はレンガ造の建物と比較して、物理的外力および火災に対してはより強度の抵抗力を発揮すること、化学的外力に対してはほぼ同等の抵抗力を有すること、そして解体除去の難易度についてはより困難であることが認められる。従つて、ブロツク造の建物は、石造、土造又はレンガ造の建物に類するか又はそれ以上に堅固な建物であるということができる。そこで、ブロツク造モルタル塗の本件建物は、借地法にいわゆる堅固な建物に該当するものと判断する。

そこで次に、被告昭春が本件建物を建築所有したことにより債務不履行として賃貸借契約の解除を免れないかどうかについて考える。

被告等は、原告の先々代米太郎が昭和二八年八月三一日被告昭春に対して本件建物を建築することを承認したと主張するけれども、この点に関する乙第五号証は、その作成日当時作成名義人の右米太郎が既に死亡していたこと(このことは成立に争ない甲第一〇号証により明らかである)からして、その成立につき信用できないばかりでなく、当時本件土地が訴外三井信託銀行に信託されていた以上(このことは当事者間に争がない)、同銀行以外の者がなした本件土地に関する管理処分は何ら効力がないものといわなければならないから、被告等の右主張は採用に値しない。

又、本件土地が賃貸借成立後建築基準法にいう防火地域に指定されたことは当事者間に争がないから、以後本件土地の上には原則として耐火建築物又は簡易耐火建築物以外の建築が許されなくなつたことが明らかであるが、被告等はこのように堅固な建物以外の建物の所有を目的とする賃貸借の成立後に建築可能な建物の種類構造が法令により制限されるに至つたため、当初の契約目的の建物を建築所有することができなくなつた場合は、右賃貸借は以後法令が許容する種類構造の建物の所有を目的とする賃貸借に変更されたものと解すべきであると主張するけれども、特にその旨の法令の定めがあれば格別、そうでないかぎり、当事者が定めた(又は法律によつて定められた)契約の内容が、当事者の意思と関係なく当然に変更されると解すべき法理はない。

右のような場合に、賃借人が法令の定める建築物を築造しようとするときは、まず賃貸人との間に借地条件の変更について協議し、民事調停を試み、これらが調わないときは裁判所に借地条件の変更その他相当の措置を命ずる裁判を求める申立をすることにより借地関係の円満な解決を計るべきことは、防火地域内借地権処理法(昭和二年法律第四〇号)があることよりして当然であり、このような手続を踏むことなく、直ちに契約の目的の範囲外の建物を築造した場合は、債務不履行として賃貸借契約の解除を免れないというべきである。なんとなれば、借地上の建物の種類構造は、賃貸借の存続期間および建物買取義務に関する賃貸人の利害に大きな影響を持つのであるから、賃借人がみだりに契約の目的を逸脱する種類構造の建物を建築所有することを許すことはできないからである。本件において、被告昭春は前認定のとおり本件賃貸借が非堅固建物の所有を目的とするにもかかわらず、堅固な建物である本件建物を建築したのであつて、これは本件土地が防火地域に指定されたことによるものであることが推認できるのであるが、同被告が右建築に当り前示の手続を踏まなかつたことは弁論の全趣旨から明らかであるから、右の理由だけで債務不履行の責を免れることはできないといわなければならない。

原告が昭和三一年八月八日被告昭春に到達した書面で同人に対し同書面到達後四週間以内に本件建物を木造建物に改造することを催告し、これに応じないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争がなく、又いずれも成立に争のない甲第六、七号証の各一、二によつて明らかな原告から本件土地の信託を受けていた訴外三井信託銀行は同被告に対し本件建物の建築の当初頃から右につき異議をのべていた事実を勘案すると、右の期間は相当であると認められるので、本件賃貸借は同年九月五日の経過とともに終了したものと認められる。従つて、同被告は原告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡す義務がある。

次に本件土地の賃料が原被告間で昭和二九年四月一日以降月一二、四八五円と定められたことは当事者間に争がない、原告は更に昭和三〇年四月一日以降は月一六、二三〇円に、又昭和三一年七月一日以降は月一六、八三三円にそれぞれ改定されたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。そして、被告昭春が原告に対し昭和二九年四月分の賃料を現実に提供したが受領を拒絶されたので、以後本件口頭弁論終結に至るまで毎月一二、四八五円を原告のために東京法務局に弁済供託していることは当事者間に争がない。従つて、右供託のうち、本件賃貸借が終了した日である昭和三一年九月五日までの分は有効であるから、被告昭春の原告に対する昭和二九年四月一日以降昭和三一年九月五日までの賃料債務は右供託によつて消滅した。

しかし、被告昭春は賃貸借の終了した日の翌日である同月六日以降本件土地明渡済みまでは、右明渡義務の履行遅滞により、原告に対し賃料相当額である月一二、四八五円の割合の損害を与えていることになるから、これを支払う義務がある。

次に、被告昭春を除くその余の被告等が別紙目録(三)記載のとおり本件建物の一部を各使用していることは当事者間に争がないが、被告等は、被告恵江は被告昭春の妹であり、被告まさは被告昭春の母であつて、いずれも被告昭春の家族として本件建物に居住しているものであるから独立の占有者ではないと主張する。しかしながら、被告恵江および同まさがそれぞれ同昭春の妹および母であるからといつて、直ちに本件建物の独立の占有者でないと認めることはできない。そこで、被告昭春を除くその余の被告等は本件建物を占有することにより、被告昭春が前認定のとおり本件土地の占有権原を失い、本件建物を収去して本件土地を明渡す義務を負うに至つた後は、原告の本件土地所有権を妨害していることになるから、本件建物の各占有部分から退去してその敷地部分を原告に明渡す義務がある。

以上の次第であるから、原告の請求中、被告昭春に対する賃料の請求および月一二、四八五円を超える割合による損害金の請求はいずれも理由がないからこれを棄却するが、同被告に対するその余の請求および同被告を除くその余の被告等に対する各請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九三条第一項本文および第八九条を適用し、なお仮執行の宣言の申立は相当でないからこれを却下する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野宏 川上泉 青山正明)

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